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あいだにあるもの(クオリア)

「私の首から下の身体」は世界の中に在ります。 “わたし”はそれらをすぐ後ろから観ているものです。 

パワースポット

NO.387

私はパワースポットに行こうとしたことはないが

たまたま行ったところが、パワースポットだったので、そこを紹介してみようと思う

まずは、鹿児島の「清泉寺跡」

ここは「覚卍和尚の墓」を観に行ったのだけど

その一番奥の、島津久章のお墓の前辺り に立ったときに驚いたのだ

その空間が、素晴らしく清涼感に満ち満ちており、しばらく離れることが出来なかったのだ

もちろん、ものすごくマイナーな場所なので、他の人は誰も居ないし

おまけに周りは墓だらけで、その周りは竹藪になっている

まあ、普通の人は行こうとしない場所だろう

ネットで出ている写真などを見ても、誰もここへは行きたいとは思わないだろう

だが、今までのNO.1である

さすがに、ここを再興した「覚卍和尚」である

たぶん、開山は石屋真梁ではないだろうか?
(日羅上人となっているが)


次に、沖縄の首里城近くにある、「大アカギの木」があるところ

首里城を正面に見て、向かって右側から下って行った先から、左側にちょっと入ったところにある

もともと首里城があったのは、今の首里城の向かって右側だったので

そこを見に行ったときに、偶然、ここを発見したのである

ここも、あまりの清涼感に驚いたのを覚えている

ここは野生?の鶏がいるのだけど、ここもしばらくは離れたくなかった場所である

ここはかなり前に行ったので、今、ネットで見ると、もうパワースポット的なことに成っているので

もうメジャーに成りすぎて、パワーが微妙になっているかもしれない

まあ、首里城からも徒歩ですぐにいける場所なので、比較的に行きやすいところに成っている


わたしは、日本全国を旅したが、この2つは素晴らしかった

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愛のバレー

NO.386

選手たちよ

何度でも云うが主体はこちら側だ

“あなたが主体” なのだ

これを絶対に忘れてはならない

ここから繰り出すエネルギーは “愛” になる

この “愛” が、打ったボールに乗っていくのだ

そして、これが連鎖していく

これが “愛のバレー” なのだ

だからラッキーが起きる

これは本当だよ


さて、これについて少し説明が必要かもしれない

巷で云われている「愛」と云うのは、“愛” ではないのだ

それらは「感情」だ

「感情」だから、状況によって「行ったり、来たり」する

「プラス、マイナス」する

こんなものは “愛” ではないのだ

“愛” とは、起こることを起こらせているもの

“生きているもの” だ

あなたの心臓を動かしているもの

あなたの存在を、存在として在らしめているもの

このエネルギーが “愛” なのだ

つまり “生” のことを、“愛” と呼ぶのだ


さらに難しくなるかもしれないが

あなたがこの “生” からズレないとき

つまり「普段ここに在らず」のあなたが、あなたにピタリと納まるとき

“あなたが愛そのものに成る” のだ

だから、ここから繰り出すプレーは全て “愛” に成る

これは単なる「言葉」だから

愛でも、生でも、タオでも、何でもいいのだが

大事なのは “あなたがピタッとあなたに入る” と云うことなのだ

この状態でプレーするのが最強なのだ

あなたがエネルギーそのものに成っているからだ

そこにエネルギーロスは起きてないのだ

だがあなたは、このエネルギーよりも「頭(思考)」を優先してしまう

だからズレてしまうのだ

せっかくの「エネルギーがダダ漏れ」になっているのだ

そりゃー力が出ない

私の言い方が悪すぎて掴みにくいかもしれないが

本当に “エネルギーがみなぎっている、一本に成っている状態” が在るのだ

ここは普段の状態とは全く違っている

あなたが絶対的に主体に成るのだ

本当は、この状態が当たり前なのだが、ズレてしまっている

だからこれを修正するだけでいいのだ

云い方を変えるなら

“あなた(身体)に 意識 をピタッと入れるのだ”

これが “愛に成る” と云うことだ

私も愛に成るが、あなたも愛に成りなさい

この愛は “同じもの” だ

“生はひとつ” だからである

だが、それでも「個性」は逆に際立ってくる

これが “ワンフレームバレー” の真意だ

これが「最上位にくるバレー」なのだ


さあ、これからの戦い

“あなたに意識を入れてプレー” をしなさい

これだけでピントは合ってくる

これを定着させなさい

バチーんとやりなさい

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赤ちゃんの育て方

NO.385

赤ちゃんは、親が、「赤ちゃんを観て想った通りのもの」を、そのまま取り入れる

「あなたが想ったこと」を、即 “自分” として取り入れるのだ

それを、「自分の自我」として取り入れるのだ

だから、あなたの子供は、あなたが想っている通りの子どもに成る

あなたが、あなたの子供を創っているのだ

だから、あなたが子供に対して、偽りではなく本心から愛情たっぷりならば

あなたの子供は愛情たっぷりに育つ

もし、あなたが本心を隠して偽っているのなら

あなたの子供は偽りの多い、心が定まらない子供に育ってしまう

つまり、子供そのものよりも、「あなたの考えかた、あなたの態度」が重要なのである

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「おかしな物」を創り出さない

NO.384

あなたが “量子の世界” に繋がることが出来たにもかかわらず

いつも「頭の中」が整理出来ていないのなら

「おかしな物」を創り出すことに成ってしまうだろう

だから、中途半端に “そこ” に繋がったまま、「思考」に振り回されてはいけない

「頭の中」は常にシンプルにしておくのだ

ならば、あなたの「目の前の世界」は綺麗に変わっていくだろう


さて、「変なもの」とは一体何なのだ? と聞かれそうだが

それは、「変なもの」なのだ

それが起きたら、これだ! と判ってしまうくらい「変なもの」なのだ

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エウレカ

NO.383

“ある不思議な体験”が起こる

それを振り返って「言葉」にしようとするが上手く説明することが出来ない

だが「このこと」を、「言葉」を使って文章にしてみるのだ

意味不明の文章でいいから、とにかく「このこと」を描写してみるのである


そしてまた、新たに違った“不思議な体験”が起こったら

「そのこと」も、なんとか文章にしてみるのである


そして、しばらくして「このときのこと」を思い出したなら

もう一度、その文章を見てみるのだ

ちょっと違っている部分や、表現が新たに変わるところがあるかもしれない

それをまた手直しして書くのである

“新しい体験” は、なかなか表現がし辛いから、「言語化」が難しいのだけれど

とにかく「へんてこりんな文章」のままでいいから、文章にしてみることである

なぜなら、この「文章にすると云う作業自体」に意味があるからだ

「なんとか文章にしようとすること」で

あなたの頭の中に「新しいニューロン」を創り出すことが出来るのだ


そして、あなたが真剣に “真理を切望している” のなら

いづれ、あなたの前に「パズルのピース」がどんどんと現れてくるようになる

これらは「別々のもの」としか、今は捉えられないのだけれど

やがて、必ずそれらが結びつくときがくるのだ

それらが少しずつ繋がって

ある朝、それらが “ひとつ” に結ばれるのだ

そして、あなたは “真理” を理解することになる

このように “真理” は教えられるものではなく

自らで “理解するもの”、そして “実践するもの” なのである

“実践なくして真理なし” なのだ
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